今日は、母子家庭で育った僕が、父親について思うことという話題です。
まず、僕の父という人となりなんですが、個人事業主として建築関係の仕事をしていて、結局は失敗し、家庭も崩壊、離婚して、僕も弟も母に女手一つで育ててもらいました。
今にして思えば、完全にグレーゾーンの多い人で、時間にはいつもルーズ、いい加減で中途半端、母はいつもだまされたと言っていましたし、実際、母は結婚してから父が別の女性と子供を設けていたことが発覚したらしく、どうやら僕には腹違いの兄弟もいるようです。
たぶん、父は今の時代で言えば発達障害を抱えており、なかなか世の中と折り合いのつけにくい生き方しかできないような人だったのだと、今にして思えば、なんとなく僕にもわかる気がします。
ただ、そんな父は僕が小学校3年生の時に離婚したものの、母と父は結局完全に縁は切れず、ダラダラと関係が続いていたんですが、僕が中学生のときに、思春期真っ最中の僕がそんな父を許せず、もう来ないで欲しいと三行半(みくだりはん)を突き付け、以降はプッツリと縁が途切れてしまいました。
でも、これは今にして思えば、たとえ息子であれ、夫婦の間の関係を口出しをするのは出過ぎた真似だったんじゃないかと、いま自分が家庭を持つ身になってみると、改めて感じずにはいられません。
いま、自分が父と同じ立場になってみて思うのですが、きっと、父は中途半端でいい加減な人だったとしても、家庭を持ち、抜き差しの効かない状況のなかで、父なりに必死に生きて、仕事を抱えていて、家族を愛する気持ちも、確かにあったのだと思います。
そして僕は、たとえ中途半端でいい加減な人だったとしても、自分を本気で愛してくれていたであろう人を、そんな簡単に見捨てるべきではなかったのではないかと、今では思っています。
いつか、もしかしたら自分が同じように、これからの将来のなかで、息子や娘に見捨てられる状況が来たとしても、それは仕方がなくて、因果応報なんじゃないかと思ってしまうんですよね。
まあ、たら、ればの可能性の話なんて、言い出してもきりがありませんが、もしかしたら、父も個人事業主なんかを選択せず、一介の雇われの仕事をしていれば、また結果は全然ちがうものだったのかも知れません。
僕はたぶんこれからも、自分なりに精一杯、子育てと仕事を頑張りながら、それがどんな運命を辿るとしても、子どもと自分と妻の行きつく先を、見届けていこうと思っています。
以上、母子家庭で育った僕が、父親について思うことという話題でした。